今日の名古屋は昨日の雨が上がり晴れ間が出ています。
先日の新聞の記事で「「おまかせ」が過ぎるとの」の記事が載っていました。
「回っていない方」にはあまり明るくないですが、白木のカウンターでいただくような
高級なすし店でよく採用されているのが「おまかせ」という注文の仕方です。
おまかせですから、どんな寿司が、どんな順番で出てくるのかは寿司職人の胸一つ。
寿司だけでなく和洋中どの料理にもある「コース」も同じ。
いちいち何を、どんな順番で注文するか自分で決めなくてよい。それが客をして
「コース」を選ばせる理由の一つではないでしょうか。
考えてみると、外食に限らず、私たちの暮らしのいろんな場面で「おまかせ」に浸って
います。極端なことを言えば自動ドアだってそうですが、デジタル時代の当節はなおさら。リポートなどの作成で頼りにする人が増えているらしい生成AI(人口知能)こそ
「おまかせ」の極致でしょう。
「政治的無関心」とは、日本や世界の命運を誰かに「おまかせ」にすることでしょう。
確かに、政治的な出来事をフォローし、考えを深めるのは面倒といえば面倒です。
でも、恐れるのは、その面倒を省き「おまかせ」に慣れきってしまううちに、自分で考え、じぶんで決めるという回路が錆びついてしまわないか、という点です。
電話番号の記憶をスマホに「おまかせ」にするうち、私たちの記憶は錆びついてしまう
のです。災害時公衆電話をみつけ、いざ家族や友人の電話番号を覚えていないことに
はたと気づく、・・・というのは、いかにも現代人におこりそうなことでしょう。
以上新聞の記事の抜粋ですがyamasanの行動はどうかと思うと、最近は日帰りバスツアーや宿泊付きのバスツアーに「おまかせ」しているなーと思います。
例えば有名な観光地10か所めぐりのツアーであれば一か所でも行きたい場所があれば
まあ―いいかと、申し込んだりしています。
ここで思うのは「効率」、自分で計画して自家用車等で行くとしたらどうなんだと、比較してしまいます。効率的に回りたいと思うことが優先しています。
年齢を重ね、時間にゆとりが出来れば「おまかせに」頼らずキャンピングカーをレンタルして温泉巡りをしたいと思いますが。
今日から2月、能登震災から一カ月、時間だけ過ぎていきます。
効率を優先するかゆとりを優先するか考えましょう。